【感想・要約】「銃・病原菌・鉄」ジャレド・ダイアモンド著~第1部_勝者と敗者をめぐる謎

Bookshelf 書評

レオナルドです!

 

今回は超有名書籍ジャレド・ダイアモンド(Jared Diamond)氏の世界的ベストセラー「銃・病原菌・鉄」についてです!

 

他の書籍要約記事とは違い、自身の備忘録的な感じになりますが、良ければ最後まで読んで頂けますと嬉しいです。

 

また、ボリュームがあるので、
本記事ではプロローグと第一部の勝者と敗者をめぐる謎の部分までとなります。

 

全体で4記事くらいに分けようかなと思ってます。

 

本書は1998年にピューリッツァー賞(一般ノンフィクション部門)とアベンティス科学図書賞を受賞、同年度の第6回花の万博記念「コスモス国際賞」を受賞しています。

 

論破王ひろゆきさんも本書をおすすめされていますね!

 

名著で名前は知っているんだけどボリュームが多くてなかなか手を付けれないよーといった方にも本書はおすすめです!

 

先にレオナルド的ザックリ結論ですが、

 

現在なぜ、アメリカ大陸に入植したヨーロッパ人が世界の主導権を握りつつあるのか?という問に対し、ただただユーラシア大陸が東西に長い大陸であったからである!

という結論になるかなと思います。

 

そして、その根拠を、分析された数値をもって一つ一つ証明していく形でストーリーが進んでいきます。

 

また、筆者が本書を記すにあたっての思いを推察すると、以下のようになるかなと私は思います。

 

民族によって歴史が異なる経路をたどったのは、民族の生物学的差異の反映であるという意見は一見理にかなっているように見える
⇒それを、現在人前では口にしてはいけなと常識的になっている
⇒でも、奴隷とされていた人々の子孫が社会的に低い暮らしをしている現実がある
⇒これについても生物学的に欠陥があるわけではなく社会の不平等で機会が均等に与えられていないからだと教えられてきた
⇒にもかかわらず人々の間には歴然とこうした違いが存在している→なぜなのか私たちは考えなくてはならない
⇒1500年の段階での差異を生物学的に証明することは間違っているとみんな理解している
⇒でも正しい説明を知らされているわけではない
⇒納得できる説明をされるまでは相変わらず生物学的差異に根拠を求める人種差別的な説明を信じ続けるかもしれない
⇒だからこの本を書く

 

いやーあちぃーっすねー!!!

本書の盛り上がりポイントの一つに、フランシスコ・ピサロVSインカ帝国13代皇帝アタワルパのシーンがあり、実際そのシーンが本書の表紙にもなっています。

 

表紙の絵は「ペルーのインカ国王を捕らえるピサロ」です。

 

この瞬間が、その後の世界を左右する決定的瞬間になってます。

ただ、これは瞬間の出来事でなぜこうなったのか。
なぜこの逆はなかったのか。
といった問に対しての解答の証明が順々に説明されています。

 

それでは各章ごとにまとめていきます。

 

プロローグ ニューギニア人ヤリの問いかけるもの

本書は、筆者がニューギニアに訪れていた際に出会ったヤリという人物の素朴な問いかけから始まる。

 

その問いかけは

「あなたがた白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちには自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」

 

というもの

 

この問いかけについて根拠なく人種だと断定したり、その議論自体に反対する人もいるが、実際真実は何なのであろうか?

 

その疑問に解答するべく以下からの章で、統計学・人類学・言語学等を用いて理論的に根拠を拾い上げ、結論である「たまたまユーラシア大陸が東西に広がっていたから」とう結論に迫っていく。

 

第1部 勝者と敗者をめぐる謎(一万三〇〇〇年前のスタートライン;平和の民と戦う民との分かれ道;スペイン人とインカ帝国の激突)

 

1章 1万3000年前のスタートライン

人類史が始まった約1万3000年前時点では、世界各地に進出した人類に大きな相違点はなかった。

 

各大陸の遺跡を分析すると、狩猟技術や道具製作等において、どこかの大陸の人類が他の大陸の人類をリードしていたようには考えられない。

 

人類史は約1万3000年前としているが、それはホモ・フローレシエンシスが絶滅し、私たちホモ・サピエンスが唯一生き残った人類種になった時点から始まる。

 

約1万3000年前までの歴史については名著「サピエンス全史」で詳しく書かれているのでまた記事にします!

2章 平和の民と戦う民の分かれ道

紀元前1200年頃ニューギニアの農耕漁労民がポリネシアに進出し始めた事を例に、環境で民族社会にどのような変化が起こったのか考察してみた。

 

結果、人々は島の環境(広さ・隔絶度・資源等)の違いで、農業生産の余剰で高度な社会を築いた種族や、小規模な狩猟生活に行った種族等が現れた。

 

これは同じ祖先を持つ人類が、たとえ短期間であっても環境の違いによって経済・技術・社会・戦闘力等の全く異なる社会を形成するということを示す実験のようなものと考えられる。

3章 スペイン人とインカ帝国の激突

 

1532年、スペインのコンキスタドールであるフランシスコ・ピサロは、少ない軍勢でインカ帝国13代目皇帝アタワルパを捕えた。

 

ピサロVSアタワルパでスペイン側が圧勝した理由は何だったのであろうか?

 

直接的な原因には、銃、騎馬兵、鉄製武器とそれまでにインカで流行していた(ユーラシア由来の)天然痘などがあった。そして間接的な原因には、航海術、記録手段としての文字、集権的な政治機構などである。

 

では何故これらをインカの人々ではなくヨーロッパの人々が持っていて、その逆はなかったのであろうか?

次回…第二部_食糧生産にまつわる謎

第二部_食糧生産にまつわる謎の記事↓

#歴史#考古学#人類史#人類学

 




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